Interviews | File No.010
赤津 ミワコ 引くことで生まれる隙とハリのある暮らし Miwako Akatsu : Illustrator, Artist / Shibuya-ku, Tokyo / 2012.10.31
イラストレーターであり、アーティストの赤津ミワコさんのお宅へ伺った。まだまだ暑さの残る東京のある日だったが、部屋に入って生き返った。口当たりのよい薄張りのグラスに、冷えた緑茶と手ぬぐいのおしぼり。何とも言えない、粋な小さな世界が、彼女の清々しいセンスを、すでに物語っていた。
赤津さんは、旦那さんと2人暮らし。彼女のご友人がデザイナーを努める某アクセサリーブランドのカタログの撮影場所ともなった赤津さんの住処には、なんとなく選ばれてそこにあると感じるものが見当たらず、空間はすっきりとしているが、どこか心地よい緊張感がある。背筋を伸ばして、彼女のお仕事についてまた、暮らしについて伺った。
はじめまして。共通の友人がいて、以前からお会いしたい…むしろ自然にお会いすることになるかなと思っていたらその通りになって、今日はとても楽しみにしていました。よろしくお願いします。早速ですが、今のお仕事について聞かせてください。どういう経緯で今の赤津さんになられたんでしょう。
小さいころから、雑誌がとにかく大好きで、サンリオのいちご新聞にはじまり(笑)、『MC Sister』は当時衝撃的で、毎日毎日すり切れるほどページをめくってました。そのあとはオリーブ。当時はネットがないから、雑誌から得る情報が全部の世界。雑誌がファッションからサブカルまで、興味の幅を広げていってくれた感じですね。雑誌を見て、そこに載っている…特に暮らしに関するアイディアを真似して、実践したりしてました。で、雑誌には必ずイラストが載っている。特に『MC Sister』はたくさん絵が載っていて、これだ!と思ったような気がします。なので、イラストを描く人として雑誌に関わりたいとなんとなく思ったのが、絵を描き始めたきっかけですね。女の子同士でする(おままごととかの)遊びも割と苦手で、自分の脳内とおしゃべりしながら絵を描く、みたいな。勉強もあんまりすきじゃないし、とにかく絵を描いてて、今までの人生で一番絵を描いていた頃があの頃かも。
脳内おしゃべりですか(笑)。でも、そのころ一気に才能開花されたんでしょうね。赤津さんの根本にあったのは、雑誌。昔はいい雑誌もたくさんありましたし、けっこう今ではファッションのことしか載ってない雑誌も、カルチャー的だったり、ライフスタイル的だったり、もう少しオールマイティな内容だった気がします。
そうなんですよ。全部に刺激をもらえる雑誌がなくなりましたよね。それこそ『MC Sister』なんかは、ひびのこづえさんなんかが連載していたり、ファッションだけじゃなくてライフスタイルについてもかなり載ってました。それで、暮らしを素敵にしたい!と影響もされましたね。そこから、TV Bros. が入ってきて、たぶん根っこがサブカル人間なので(笑)ファッション寄りから離れていっちゃいましたけど。
幼少期をそういった目線で過ごした少女が、現実にイラストレーター・アーティストになった通り道はどうだったんでしょうか。
そうですね、とにかくたくさん絵を描いて高校を卒業して、そのあとはセツ・モードセミナーに入学。いわゆる、“セツ風”っていうのが当時はあって、学校の中に入ってみるとそういう風に描きたいと思ってたんですけど、なんだかそれが自分のテイストとうまくはまらなくて、自分で言っちゃいますけど、変な絵を描いてました(笑)。これが、今につながってるんですが。それと、仕事として、いわゆるかわいい女の子の絵を描いたりもしていたので、2種類の絵を描いてましたね。ありがたいことに、いろんな縁もあって、anan などにお仕事いただいてました。仕事として描いていたかわいいテイストの絵の方が、掲載される傾向があったので、どんどん女の子っぽい絵を描いてこなすようになってしまっていました。
かわいい女の子。そうなんですね。でも、赤津さんの作品に、人物が登場するイメージが、全然湧かないんですが(笑)。
そうなんです。卒業して、お仕事をもらってイラストレーターとして生活できるくらいにはなって、そこからどんどんのめり込むように仕事のペースが加速していって。死にものぐるいでかわいい女の子を描いてたら、しばらくして無理がたたって、体調を崩しちゃったんです。そのときに、急にふと立ち止まって考えました。絵を描かない時代も少し過ごして。結果、絵をあきらめるという選択肢もあったし、無理して描いてたり、興味が持てないものは描くのやめようという風に考え始めて。そんな考えも含めて色々考えた結果、今もそうなんですけど、「人物は描かない」と新たに決心したんです。
でも、当時って人物描かない人なんていなかったでしょう?
そうそう。イラストレーターで人物描かないなんて、といわれましたね。けっこうな覚悟でした。それからは大好きなインテリアや建築の絵を描いていくんだって、方向転換したんですね。それから、そうですね、15年とか、最近描いてた絵までその決心を守って描き進んできた感じです。
決心された直後は大変だったでしょうね。かわいい女の子描いてたイラストレーターさんが、もう人物描かないっていうわけですから。また新しい魅力を伝えていかなきゃいけない。
それもね、恵まれていて転機があって。『Casa BRUTUS』の…
「CASE STUDY HOUSE」の特集!
あ、覚えてます?うれしい。
覚えてます覚えてます。びっくりしました、今も私その特集持ってますよ!
(笑)。そうなんですよ。当時、こういうパースの利いたイラストとか描く人ってあんまりいなかったみたいですね。私もパースが描ける訳ではなくてパースの効いた絵がすきで描いていただけだったんですが、それがたまたま響いたようで、このあと、インテリアとか建築に関する、イラストの仕事が急増しました。元から、イラストレーターになれなかったら、インテリアスタイリストになりたいと思っていたくらい実はインテリアがすきだったんですよ。雑誌の影響だと思うんですけど。
でも、赤津さんの作品ってことは全部手描きですか?
手描きです。グラフィックだと思われることもありますが、私は基本的に全部手描きです。イラストレーターとして仕事をしながら、アートのような大きな作品も、手掛けるようになっていったんですが、特に、アートワークを制作するときは、そのときどきでいろんな手法を極めていこうとしているので、その部分ではもう、オタクみたいなもので、誰にも負けません(笑)。この何年か描いていた水彩の作風は、私の中では一度もう極めたと思っているので、今は新しい手法を開拓中です。新しい作品、、そうですね、来年(2013年)あたり、発表できたらいいなと思いながら、今は研究に研究を重ねて制作をしています。
それは楽しみですね。ひとつの技術を極めたら、次にいこう!と思って執着せず次の表現方法を探るのって、すごいと思います。作品は全部ご自宅の中のこのアトリエスペースで描かれてるんですか?
そうです。ここで、職人のように(笑)。
だとすると、ご自宅にいる時間がすごく長いですね。
そうです。家にいるのが大好き。この空間が、大切なんですよ。
すごく、居心地がいいです。なんていうか、空気が澄んでいるというか。いつ頃からこちらにお住まいなんですか?
15年前です。ずっと家を探していて、いろいろ見たんですけど、はじめてこの部屋に入ったときに、大きな窓と見える景色に感動して即決めました。大家さんが好きにいじっていいと言ってくれたので、全部屋絨毯が敷かれていたのもフローリングにかえたり、入居する前にリフォームも大々的にして住みはじめてからも一番気に入る姿に持っていくまで、ひとつずつ、いろいろ変えていきました。
住処をこつこつ、つくっていったわけですね。この空間にある、家具やインテリアたちは、どうやって選ばれていったんでしょう?
これだ!と思う形のものに出会うまでは、手に入れないんですよ。形が気に入ったものを手に入れたら今度は完全に自分の好みの姿にどうにかする。その結果、集大成でこうなってる感じでしょうか。例えば、このランプ。素敵な形!と思って手に入れて、もっと質感がマットだったらいいのにと思って、爪をぼろぼろにしながらヤスリで削って、今の姿になりました。
形さえ気に入ったものを手に入れれば、あとはご自分の色に染めてしまう訳ですね。
そうかもしれないですね。寝室も実は和室だったんですけど、形はいいのに、木枠がいわゆる和室の木枠の色だったのが嫌で、詳しい人に相談したりしてオイルを何度も染み込ませて、自分の好きな空間にしました。
すごく貪欲ですよね。ご自分の好みにするためには(笑)。キッチンも、すごくいいですよね、凛としてる。
このキッチンのドアも、ぶち抜いて、曇りガラス付きのドアにしました。その方がずっと開放感がある。タイルも、別に高いものじゃないんですけど、ちょうどかっこいいのがあったので、選んで。キッチンに、窓があるのも気に入ってます。
やっぱり、見る目として常に、空間的な見方をしているんですね。インテリアを、モノ単体ではなく空間として捉えてる。少し話が戻りますが、この空間にあるモノの中で、赤津さんの一番お気に入りのものってなんでしょう?
一番のお気に入り。うーん、なんだろう、なんだろう?なんだか、一番って言われると困っちゃって、あれ、答えられないかもしれない。
(笑)。お気に入りのものと暮らしている、すなわちお気に入りのもの以外身の回りにない、というところに到達している方に質問するとそういう答えが返ってくるのかもしれません。理想の暮らしですよ。
確かに、この空間にあるものひとつひとつそれぞれストーリーもあって、大切でお気に入りなんですけど一番と言われると、難しいなあ。震災のときに、少し価値観が変わりましたね。お気に入りのものも、全部もっていくことも出来ないし、モノって、そういうものなんだなって。執着が、かなり薄まりました。だから、けっこうものを手に入れる…買ったりするけど、執着がないので手放します。それと、最近欲しいと思うものは、次々手がでる感じのものでもなくなってきました。
そうですか。少しずつ、赤津さんの中でモノに対していろんな時代が訪れているんですね。空間にあるものひとつひとつ主張のあるものばかりなんですが、空間としてはかなりすっきりしていると思います。そういうのも、その執着と関わりがあるんでしょうか。
いろいろモノが大好きな中で、手に入れて、集めて、今は引き算の時代が来ているんでしょうね。好きなものを残していっている。引けるだけ引いてみようと、今はそういうテンションです。
先ほど、インテリアスタイリストになりたいくらいジャンル問わずインテリアがお好きだと伺いましたが、好きなテイストや雰囲気のイメージに近づけていくように、インテリアを選んだりしていた時代もあったんでしょうか?
ありましたありました。そうやって集めた時代があったからこそ、今全部好きなものしかない状態になってきたんだと思います。あっ、さっきの一番のお気に入り、これだけは持っていくかもしれないっていうものを思い出しました。この豆皿なんですけど…
はい。
この豆皿、有名な誰かがつくったとか、そういうんじゃないんですけど、江戸時代のもので。この集中して描かれた線の絵付けに出会ったときに、その心意気にやられましたね。筋の入り方がブレがなくかっこいい。こういう人間になりたいと思いました。
息をのむ美しさで、心意気がとても伝わってきます。江戸時代から、心意気が伝わってくるってすごい。でも、やっぱり赤津さんは職人さんの粋な心意気に、惹かれるんですね。そこにピンとくるのが、とても赤津さんらしいです。そういう目でモノを見てるって、すごく素敵なことで。モノとして形が美しいとか、色がきれいとか、そういうところを超えて心意気があるものが、一番のお気に入りのものの答えって。ある意味、アートと同じですね。
そうかもしれませんね。
日々の暮らしや、もちろん作品づくりに関して、インスピレーションは何から得ていますか?
やっぱり、今までに出会った雑誌の記事が、一番インスピレーションをくれますね。WORLD OF INTERIOR なんかも毎月購読して、空気を入れ替えてくれることがありますけど、それよりもアメリカのアーティスト、ドナルド・ジャッドの工房の写真は、もう何回も見てるけど、見る度に新しく拡充されます。暮らしにも、作品づくりにも、今まで雑誌から得た私の中のアーカイブが原点なんだなって、改めて思いました。
インタビューを終えたあと、いただいたチョコレートとコーヒーの美味しいこと。一番のお気に入りという質問は、赤津さんには特別な質問になってしまったようだが。自分の住処が好きでモノが好きで、色々なものを選び抜いた上で、今度は引き算をされているという赤津さん。初対面だったのにも関わらず、数時間で彼女を好きになってしまったのは、空間そのものが彼女自身の心意気を映し出したものだったからだと思う。
Interview : Hiromi Midorikawa, Photo : Masahiro Sanbe
- 赤津 ミワコ
- イラストレーター。茨城県生まれ。セツ・モードセミナー卒業。
手描きによるグラデーションにこだわり、エッジのきいた作品を制作。
ブログでは、imaginationとして制作しているデジタル画像を掲載。
http://www.red2.jp/
http://m-red2.blogspot.jp/
写真:三部 正博
1983年 東京都生まれ。東京ビジュアルアーツ中退後、写真家泊昭雄氏に師事。2006年 フリーランスとして活動開始。
www.3be.in