Interviews | File No.004
小林 マナ小林 恭 遊び心溢れる空間デザイナーの家 Mana Kobayashi : Designer, Takashi Kobayashi : Designer / Minato-ku, Tokyo / 2011.9.13
青山と千駄ヶ谷の間にある大型の集合住宅。クリエーターやアーティストも多く住むこのヴィンテージマンションは、東京オリンピック開催の年に海外プレス関係者の宿泊施設として建てられたという。住民専用の庭には大きな桜の木をはじめたくさんの緑が植えられていて、落ち着いた雰囲気が漂う。
この魅力的なマンションに暮らすのは、フィンランドのテキスタイルブランド、マリメッコ(marimekko)の国内外の店舗をはじめ、多数のショップや住宅のインテリアデザインを手掛ける設計事務所imaの小林恭さん、マナさんご夫妻。そして忘れてはならないのが愛猫であるギルバート&ジョージ、そしてマロンの三匹。お宅はスケルトンの状態からご自身で設計した遊び心たっぷりの空間で、床は質感のある無垢材のフローリングに貼り替えられ、古く良い味わいの鉄製の窓枠は残されている。合板で出来たキッチンの壁面には、友人でもあるエナメルのグラフィックが全面にプリントされ、部屋のそこかしこに猫たちが遊べる仕掛けが配されている。時代もジャンルも異なる様々なものたちが絶妙なバランスで配置されたここにしかない空間。
海外を飛び回るお忙しいお二人に、マリメッコとの出会いや海外での仕事、そして日々の暮らしについていろいろと伺った。
設計事務所imaの活動についてまずお伺いできればと思います。マリメッコの海外店舗のデザインをされてますが、そこに至ったきっかけを教えてください。
小林 恭さん)マリメッコの本国の方たちが日本のお店を視察に来られて、それを気に入ってくれたのがきっかけですかね。フィンランドのお店って子供から年配の方のものまで本当に幅広く商品を取り扱っていて、日本の代理店が日本でお店を出すにあたって、その中から日本のターゲットに向けてというか、新しい若い人たちに向けてラインナップを編集し直したんです。その際自分たちもインテリアを編集し直して、きちんと物を見せたり、カテゴリーを整理したり、自分たちが思うフィンランド的なシンプルでモダンなお店をつくりました。その再構築の仕方が、フィンランド人にとってみたら新鮮だったみたいで、これがマリメッコの原点だという話しになったようです。
小林 マナさん)私たちも昔のアーカイブの本とかをいろいろ読んで、すごく勉強したんです。そんな中から使える要素みたいなものを片っ端からピックアップして、それを編集したんです。
恭さん)マリメッコが最も輝いていたのは1960年代。アメリカでも最も評価されていた時代とも重なります。この一番マリメッコらしい時代のスタイルを見直して現代に置き換えていったことが高く評価されたようです。日本人の僕らに依頼がくるとは思っていなかったので驚きましたし、もともとファンだったのでとても嬉しかったです。
これまでに手掛けた海外のマリメッコの店舗はどれくらいあるのですか。
恭さん)去年がベルリン、マルモ、ヘルシンキ本社のファクトリーショップ、そして同じくヘルシンキのフラッグシップショップ。今年は10月にオープンするニューヨーク、そして北欧に一件、ヘルシンキ本社の社員食堂というか、一般の方も利用できるカフェテリアの改装も手掛けています。私たちも打ち合わせはほとんどヘルシンキの本社でやっているのですが、日本人の旅行者もたくさん来ていて、ヘルシンキの外れにある場所なのに、こんな遠い所に日本人がいるんだって驚いたりしています。
まさか日本人がデザインしているなんて思っていないでしょうね。
マナさん)だから私たちがウロウロしていると、観光客の方が間違えて、2階に一緒に上がって来たり...(笑)。
社員食堂は食器もふくめてすべてマリメッコ製品が使われているのでしょうか?
恭さん)そうですね。食器もテーブルクロスも全部マリメッコ。まさにマリメッコ・ワールド。そういうのがリアリティーがあって良いと思うんですよね。帰りにマグカップを買ったりとか(笑)。まあそこが開放されるので、日本人を含めマリメッコ好きな方がゆっくり買い物をして、お茶を楽しむことが出来るスペースになる予定です。
社員が利用する場所を開放するという発想も面白いですね。
恭さん)そうですね。マリメッコは2年程前から、どんどん新しい事をしようとしています。本国のウェブサイト(http://www.marimekko.com/)も今とても良いですし、ヴィンテージのマリメッコの生地の端切れを使ったワークショップを企画したり、ものすごくアクティブでしかも楽しい事をやっている。僕らは2006年から一緒にやってきていますが、この2年でマリメッコ自体が大きく変わってきたと思います。
海外でのプロジェクトに関わるようになって、仕事のスタイルに何か変化は生まれましたか?
マナさん)仕事のスタイルというよりも遊び方かな。彼らは時間通り働いて、夏休みも2〜4週間はきっちりとる。私たちもそこまで休みはとっていないのですが、遊ぶなら遊ぶ、仕事をする時は仕事をするみたいな感じで、それは影響というかすごく良いことだなあと思っています。
恭さん)ヘルシンキはすごく緑が多い街だから気持ち良くて、自然と触れ合って生活してこういうデザインが生まれてくるんだなというのが実感できる。特に冬が厳しくて雪が積もった美しいヘルシンキも体験できて面白かった。まあその冬があるから夏は絶対楽しむというのを見ていると、自分たちもフィンランド人の気持ちがわかるようになって、最近毎週海に行っています(笑)。やっぱり自然の中で遊ぶのって気持ちいいですよね。
あと海外で仕事していると日本人と性格も違うし文化も違う。彼らは慌てないんですよ。日本だとインテリアとか設計の仕事をしているといつも締め切りに追われてプレッシャーを感じてるんですけど、彼らは一切そういうのが無くて、こちらがやきもきしてしまう(笑)。そういうのも受け入れないといけないとわかったし、それを理解しておおらかでいないと海外での仕事は出来ないのかなあと思います。日本が忙しすぎるのかもしれない。フィンランドの人たちを見て、こういう風にした方が楽しいんじゃないのかと思ったし、勉強になったし、自分たちの仕事に対する考え方を見直すきっかけになりました。
なるほど。それは大きな発見ですね。
恭さん)フィンランドの200坪ぐらいあるフラッグシップショップなんか、オープンの前日まで工事しながらディスプレイしていた(笑)。
マナさん)日本では、準備のために1日、2日前には終わってほしいと。クライアントからクレームが来ちゃいますね。
恭さん)みんな細かい事をあまり気にしないみたいです。
むしろ細かいところを気にしすぎる日本人の方が特別なのかもしれませんね。大陸はよく言えばおおらか、別の表現をすれば大雑把。
恭さん)そうですよね。内装の仕上がりはかなり大雑把で、難しいですね。繊細なおさまりを指示してもなかなか理解出来ないみたいで、こんなことをして何の意味があるのかということになって。向こうは向こうで何だあいつらと思っている(笑)。それでもやっていくうちに、少しずつ理解してくれるようになって。そうこうしながらお互いが理解しあって物事を蓄積していかないと駄目なんでしょうね。
内装の細かいところを気にするということで言えば、日本の住宅では引渡しの時に細かいキズをもの凄く細かくチェックする一方で、その後はお金も手もかけないというのが一般的なようです。残念な現実ですが、そういうところの感覚が違うのかもしれません。
恭さん)フィンランドではそれこそマリメッコの生地を買ってクッションやカーテンを作ったりしている人も多くて、インテリアのコーディネートを楽しんでいる印象がありますね。
マナさん)北欧の家は窓辺がどこも美しくて。以前、北欧の人達はカーテンの柄を外に向けてつけるという話しを聞いたことがあって。街を美しく飾るという理由だったと記憶してます。窓辺を飾るという考えがとても素敵だなと思って。
確かに北欧の街に行くと、どの窓を見ても素敵で驚きます。
マナさん)もう一つ驚いたのが、実際街を歩いているとカーテンをつけているのに、開けっ放しにしていてレースのカーテンを閉めている家がほとんど無いんです。家のなかそのものを見せている。窓辺が美しくていいなと思います。。。うちは外部から見えるところがないのでどこにもカーテン無いのですが(笑)。
それではちょっと仕事の話に戻って、空間をデザインするうえで意識をしていることはありますか?imaさんのデザインからはいつも仕掛けというか遊び心を感じるのですが?
恭さん)店舗をデザインする時って基本的にどこかの企業なりブランドなりに依頼をされるわけで、だからそのブランドイメージだったり、物だったりをきっかけにして物事を考えて、つくっていきますね。例えばマリメッコのフィッティングルームには、「m」の文字を模ったフックをつけたり。まあそういう細かい遊び心を入れるのは好きですね。
毎回、いろいろ調べるわけですね?
マナさん)それが好きなのかもしれませんね。ブランドの歴史を見ると、こんなのがあるんだって感動したり。クライアントさんからいろいろと話しを聞くのも好きなんです。よくよく話しを聞いてそこからデザインのポイントになる部分を探していきます。
ご自宅の設計の場合は、そうしたクライアントがいないわけですが、一から好きなようにされたということでしょうか?
恭さん)まあとはいっても場所は決まっているので、もともとの部屋の条件や、窓から見える風景とかをきっかけに考えて、イメージを膨らませていきました。建築を一から作る場合でも、土地の条件やら周囲の環境やら、そのなかから考えていくわけで。普通のことですけど。
ではこの空間でも、ここでの暮らしでも良いのですが、何かこだわりの部分を教えてください。
恭さん)自宅のフローリングもそうですが、素材にはこだわりますし大切だと思います。それは家でもお店でも、ある程度質感が無いと安っぽくなるし、空気感がよくならないと思うので、重要だと思います。
日本は、なんちゃってというか、○○風という素材が多いですよね。それはそれで凄い技術なのですが。
マナさん)自分たちはわりと本物の素材を使うので、逆にそうしたものも面白いかなと思ったりもするんです。キッチュというか。他の場面で使えないかとかいつも頭の中で考えています。
恭さん)そういう面白さはありますね。でも、なんかバカラがあるのに空間がビニールタイルとかだと、う〜んって思ってしまいますね。いくら小物が良かったとしても空間が持っている空気感がチープだとどうしてもフェイクに見えてしまう。なので、質感のある素材で経年変化の楽しめるものでないとと思ってしまいます。
この家には様々な柄のマリメッコのファブリックがたくさんありますが、合わせ方のコツがあるのでしょうか?
マナさん)マリメッコの生地同士なら結構合わせやすいと思いますよ。これはデットストックのマリメッコの端切れをあわせて作ったパッチワーククロスで、(Vanhaa ja kaunista(ヴァンハー ヤ カウニスタ)のショップオーナーが作っている)柄はバラバラですけど色のトーンが合っていてるので統一感があって可愛いですよね。
恭さん)バラバラだけども統一感があるのでいいんでしょうね。
最後にお二人が日々の暮らしの中で参考にしたり、影響を受けている人や物、本などについて教えてください。
マナさん)そういえば小学生の時にいつも読んでいた『生活の絵本100のアイディア』が最近出てきて。1976年代の雑誌ですが、穴が空くほど読んでました。表紙は大橋歩さんですね。これってヨーロッパの生活だけでなくてアメリカンスタイルもあるし、和もあって猫も登場する(笑)。これが私の原点かもしれません。
恭さん)僕はまわりにいる友達や知り合いと話すことでいろいろと影響を受けている事が多いですかね。暮らしというか、仕事と生活の境界があまり無いかもしれませんね。友達とも仕事をしているので仕事なのか遊びなのか、自分達もよくわからなくて。
それは悪いことではないんじゃないかと思いますね。元々は仕事も生活も繋がっていたと思うし、その方がきっと人生楽しいんじゃないかと思います。ところで最近気になるデザイナーとかアーティスト、お二人とも音楽好きということことで、好きなミュージシャンについて聞かせてもらえますか。
恭さん)音楽については直感で聴いて気持ち良いと思えるものというぐらいで、オールジャンル好きですね。あえて言うなら最近だと、ジェームス・ブレイクは興味ありますかね。音響的な部分とヒューマンなところの組み合わせ方の最新系が気持ち良いですよね。なんかボサノヴァを聴いて気持ち良いなと思う感覚と似ていると思うんですよ。ジャンルも時代も違うのに同じように気持ち良いと思うのは何なんだ?とか、そうゆう不思議さに興味ありますね。
マナさん)そうですね、デザインにしてもアートにしても音楽にしても二人の共通するところはコンテンポラリーなものと懐かしいものが同居しているものが好きなところですね。今、気になる人で思い当たるのはベニー・シングスかなあ。最高ですね。
恭さん)あの人は別格!最重要人物ですよね。自分にとっては、現代のポール・マッカートニーですね。
今度こそ最後の質問です。次に住んでみたいところはありますか?
小林 恭さん)実は去年から引っ越そうと思っていて。事務所と自宅を一緒にした建物を建てようと考えてるんです。でも都内ではなかなか土地が見つからないので、海に近い鎌倉あたりとかその他、検討中です。来年ぐらいに実現できたらと思っています。
10月のマリメッコ・ニューヨーク店のオープンに向けて、多忙な小林恭さん、マナさんご夫妻。マリメッコとの様々なエピソードから海外での仕事について、暮らしや音楽についてと、あっと言う間の2時間のインタビューでした。公私共にパートナーであるお二人の絶妙なコンビネーションは、これからもますますパワーを増しそうです。世界を舞台にしたお二人の活躍が楽しみです。
Interview : Eriko Kawabuchi (IDÉE), Tadatomo Oshima (IDÉE), Photo : Masahiro Sanbe
- 小林 マナ
- 1966年東京都生まれ。1989年武蔵野美術大学工芸デザイン科卒業後 ディスプレイデザイン会社に入社。
- 小林 恭
- 1966年兵庫県神戸市生まれ。1990年多摩美術大学インテリアデザイン科卒業後 カザッポ&アソシエイツに入社。
共に1997年退社後、建築、デザイン、アートの勉強のため半年間のヨーロッパ旅行へ出る。 1998年帰国後 設計事務所 ima(イマ)を設立 - 設計事務所 ima
- 小林恭とマナによる空間デザインユニット。店舗設計をメインに住宅建築設計、展覧会の会場構成やプロダクトデザインなどを手がけている。2010年よりフィンランドのブランドmarimekkoのヘルシンキやNYなどの店舗も手がけ、海外にも積極的に活動の場を広げている。また、水都大阪・2009(2009年)や、AOBA+ART2011(2011年10月1日〜10月23日)などの美術展に参加し、新たなデザインの可能性を模索中。
写真:三部 正博
1983年 東京都生まれ。東京ビジュアルアーツ中退後、写真家泊昭雄氏に師事。2006年 フリーランスとして活動開始。
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